東京高等裁判所 昭和52年(ネ)896号 判決 1980年11月26日
昭和五二年(ネ)第八九六号事件控訴人 同年(ネ)第九五二号事件被控訴人 (昭和四九年(ワ)第五九八六号、第八七五八号事件原告) 島田努
右訴訟代理人弁護士 岡田克彦
同 徳住堅治
昭和五二年(ネ)第八九六号事件被控訴人 (昭和四九年(ワ)第五九八六号事件被告) 小林光雄
右訴訟代理人弁護士 齊藤健
昭和五二年(ネ)第八九六号事件被控訴人 同年(ネ)第九五二号事件控訴人 (昭和四九年(ワ)第八七五八号事件被告) 国
右代表者法務大臣 奥野誠亮
右訴訟代理人弁護士 齊藤健
右指定代理人 小沢義彦
<ほか六名>
主文
一 昭和五二年(ネ)第八九六号事件につき
本件控訴をいずれも棄却する。
二 昭和五二年(ネ)第九五二号事件につき
原判決中、被控訴人勝訴の部分を取消す。
右部分につき被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告島田努の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(昭和五二年(ネ)第八九六号事件について)
一 控訴人(以下「原告」という。)
原判決中、原告敗訴の部分を取消す。
原告に対し、被控訴人小林(以下「被告小林」という。)は金五三万三五〇〇円及び内金三三万三五〇〇円につき昭和四九年八月一一日から、残金二〇万円につき本判決確定の日の翌日から右支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を、被控訴人国(以下「被告国」という。)は金五〇万六七六〇円及び内金三一万〇二六〇円に対する昭和四九年一一月一日から、残金一九万六五〇〇円に対する本判決確定の日の翌日から右支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を、支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被告らの負担とする。
旨の判決並びに第二項に対する仮執行宣言
二 被告ら
控訴棄却の判決
(昭和五二年(ネ)第九五二号事件について)
一 被告国
原判決中、原告勝訴の部分を取消す。
右部分につき原告の被告国に対する請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。
旨の判決
二 原告
控訴棄却の判決
第二主張及び証拠
原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、被告らの甲第一、二号証に対する認否を「原本の存在及び成立を認める」と訂正する。)。なお、当審におけるあらたな証拠関係は次のとおりである。
《証拠関係省略》
理由
一 原告が東京南部小包集中局発着課に勤務する郵政事務官であり、全逓東京南部小包集中局支部の組合員であること、被告小林が昭和四九年一月一二日当時、同局第一小包郵便課課長代理であったこと、同日前記支部の組合員の一部がレクリーダー制の廃止を要求して署名提出行動を行ない、同局建物六階で庁内デモ行進を行なったこと、その際原告が庶務会計課事務室前にいたこと、前記デモの際被告小林が庁舎警備の職務を行っていたことは当事者間に争いがない。
二 次に弁論の全趣旨によれば、右デモ行進は同日昼の休憩時間を利用して行なわれ、局長室及び庶務会計課前の廊下を向って右から左へ二回通過したこと、被告小林、前記郵便局次長小室正夫、庶務会計課長川村某、労務担当主事舘野忠次らの管理職員が右デモ行進の通過に際し、前記廊下のあたりにいたこと、原告を含む少数の組合員らがデモ隊に加わらず右管理職グループの附近にいたこと、デモ隊が二回目に右廊下を通過する少し前に原告と被告小林の間にもめごとが起り、原告が右廊下で庶務会計課側の壁に背を向けて立つていた被告小林を難詰する形で詰め寄り、両名の身体と身体、顔と顔が異常に接近したこと、被告小林は一たん顎を上げ頭を後方にそらせたが、次に顎を引き頭を前に動かしたところ、庇のついた帽子をかぶっていた被告小林の頭と原告の額とが接触し、帽子がとれたこと(帽子のとれた同被告の頭と原告の額とが直接ぶつかったかどうかについては争いがある。)、右接触の直後原告が苦痛を意味する言葉を発しながら、廊下の反対側へ行き、一たん廊下に横たわったが、やがて立ち上ってデモ隊に合流して前記廊下を立ち去ったことが認められ、これに反する証拠はない。
三 以上の事実からすると、原告の額と被告小林の頭とは、ある程度の強さでぶつかり、その際原告は苦痛を覚え思わずふらついたものであることが推認される。《証拠省略》中にはそれぞれ右推認に反する部分があるが、措信できない。(これらの措信できない理由については後述する。)
四 《証拠省略》によれば、原告は右事故の直後である同日午後一時三〇分ころ銀座菊地病院に赴いて、右接触箇所の苦痛を訴え、医師の診療を受け、同月三〇日に全快するまでの間に約一〇回に亘り通院し治療を受けたこと、診療録には「左前額部打撲傷」「脳震盪症」「外傷性頸部症候群」の病名記載のあることが認められ、これに反する証拠はない。一方《証拠省略》によれば、原告を最初に診療したのは松本恭弘医師であり、同医師は当時原告が打撲があったと訴えた左前額部について、局部の発赤、腫脹等の他覚的異常所見に気づかなかったことが認められる。してみれば、右診療録に記載された各病名の当否は別として、前記頭と額の接触によって、原告の当該部位に加わった打撃は比較的軽いものであったといわざるをえない。なお、このことと、前認定の原告が右打撃を受けた際苦痛を感じ、足がふらついたこととは、必ずしも矛盾するものではない。
五 原告は、被告小林が右打撃を故意に加えたものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠は見あたらない。すなわち、《証拠省略》中には、被告小林が原告と口論中、頭を後にふり上げ、そのまま原告の頭をめがけて自分の頭をふりおろした旨の部分があり、《証拠省略》中にも被告小林が原告に頭突きをくらわせ、当った時ににぶい音がしたとの部分があるが、前記三において認定した事実、すなわち原告の当該部位に加わった打撃は比較的軽い程度のものであったことと対比すると、いずれもにわかに措信することができない。原審及び当審における原告本人の供述中、同趣旨の部分についても同様であり、他に被告小林が右打撃を故意に加えたことを認めるに足りる証拠はない。
六 次に被告小林に過失があったかどうかを検討してみる。もし①原告が前記のように被告小林に詰め寄ったことについて、無理からぬ事情があり、かつ被告小林がそのことを認識し、または認識しうべかりしであったとするなら、被告小林として、詰め寄って来た原告に対し、自分の頭がぶつからぬように避けなければならない注意義務があったということができるであろうし、そうでなくて②原告が被告小林に詰め寄ったについて、原告側に無理からぬ事情がないか、又はそのような事情があっても被告小林がこれを知らず、あるいは知りえなかった場合においては、被告小林にとっては原告に詰め寄られ、身体や顔が異常な近さまで近づいた時には、それは異常かつ理不尽なでき事であるはずであるから、原告の頭にぶつからぬよう自分の頭を避けなければならぬ注意義務があるとまでいうことはできないであろう。そうして被告小林に過失があったということは、原告において主張立証しなければならない事柄であるから、その過失の前提として右①にあたる事情のあったことの証明がない限り、被告小林の過失を肯定しえないことはもちろんである。
被告らは、近づいて来るデモ隊に対し携帯拡声器をもって解散命令をくり返し発出していた舘野に対し、原告があるいは拡声器の開口部に手先を入れたり、あるいは舘野の肩に手をかけて「うるさい、やめろ」などとどなったりゆすったりの妨害行為をしたので、被告小林がこれをとどめようとしたところ、原告が被告小林に対し「お前には関係ない、何が暴力だよ」と言いながら詰め寄って来たものであると主張し、原告は、原告が前記の廊下に立って二回目のデモ行進が近づいて来るのを見ていたところ、突然うしろから被告小林に膝蹴りされたので、これを咎めるために被告小林に詰め寄ったものである、そのころ舘野は原告から八メートル以上離れたところにいたものであるから、原告が舘野に対し直接行動に及ぶことなどありえないと主張し、きびしく対立している(原告の主張は前記①に、被告らの主張は前記②にそれぞれ該当する。)。
まず被告らの主張を検討するのに、これに副う証拠としては、前出乙第一ないし第三及び第七号証、前出舘野、小室、持田各証言、被告小林本人の各供述があるが、右乙第一ないし第三号証についていえば、これらはそれぞれ小室、舘野、被告小林名義の現認書であるが、その重要な部分があまりにも似通っており(一例を挙げれば右三通にはいずれも「ニヤリとしながら」というまったく同じ表現が用いられている。)、最初にできた一通をもとにして、あとの二通が書かれたものではないか、あるいは三者協議のうえで書かれたものではないかとの疑いが強く、乙第七号証についても、「ニヤリとしながら」の表現は用いられていないものの、右三通と大同小異であり、作成者の個性が感じられない。又右各乙号証に記載されたような舘野に対する妨害行為が原告にあったとしたら、当局がこれを不問に付するはずがない(《証拠省略》によれば、同郵便局郵政事務官松浦義雄が、昭和四八年一一月三〇日に起った類似のケースによって、翌四九年三月五日付をもって、同郵便局長より戒告処分を受けたことが認められる。)と思われるのに、原告が右の妨害行為について、当局から何らの調査、処分も受けていない(この点は、原審における原告本人の供述によって認められる。)ことは如何にも不自然であることから、右乙号各証の記載はにわかに措信することができないところ、右各号証の作成者らの証言、供述中、右経緯に関する部分は、右各号証の記載を敷衍、説明したものに過ぎないので、右各号証を措信しえない以上、これらの証言、供述部分の措信しえないことはいうまでもない。そうして以上のほかに被告らの前記主張を支持する証拠はない。
さて、それでは原告の前記主張はどうかというと、原告が突然被告から膝けりをされたとの主張に副う証拠は、原審及び当審における原告本人の供述のみであるが、当審のそれによれば、膝けりといっても痛いと感じる程のものではなく、原告はそれが突然かつ後からのものであったので、びっくりし、強く印象づけられたものであることが認められるところ、その打撃が被告小林の故意によるそれであるとする点については、右各供述に十分な合理性があるとは到底いうことができず、多分に推測ないし解釈を含むものと考えられるから、たやすく措信することができない。
これを要するに、当裁判所としては、原告の右各供述により、原告がデモ隊の来る方向を見ていた際、後方尻からまたは腿のあたりに何ものかに接触され、てっきり被告小林に蹴られたものと受けとって、同被告に詰め寄ったことまでは認められるが、その接触が果して同被告の行為によるものであったか否か、かりにそうであるとして、同被告の故意又は過失によるものであったか否かについては杳として不明であるというほかはなく、従ってまた原告が被告小林に詰め寄ったことに無理からぬ事情があったか否か、延いて同被告に原告の頭にぶつからぬよう避けなければならぬ注意義務及びその懈怠があったか否かも不明に帰するというほかはない。
七 以上の説示で明らかなように、被告小林の故意又は過失を前提とする原告の本件請求は、その前提を欠くことにより、その余の点を案ずるまでもなく失当であって、すべて棄却を免れない。
よって、原告の被告小林に対する請求を棄却した原判決は結論において相当であり、被告国に対する請求を一部認容した原判決はその限度で失当である。それ故、原告の被告らに対する各控訴を棄却し、被告国の原告に対する控訴は理由があるから、その限度で原判決を取消したうえ原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 寺澤光子 原島克己)